2018年9月1日(土)
『クモは自分の手で働くが、王の宮殿にいる。』箴言30章28節
賢いソロモン王は、いったい何を言おうとしたのでしょうか。
彼はおそらくある日、豪華な宮殿にいて、民の繁栄を考えていたのでしょう。
突然、信じられないことに、部屋のすみにいる一匹のクモを見つけました。
「なんたることだ」。
彼は驚きます。
「なんという働き者の職人であろうか。
手仕事しつつ、蓄えもなし。
それであるのに、私の部屋にまで入って来るとは。
いったいどこから来たのだろう。どこに住んでいるのだろう」。
彼は思い巡らします。
「あのクモには住む所がない。
そこで家探しを始めたのだ。
抜け目のないやつだ。
古ぼけたあばら家には行かず、王宮に住みかを求めるとは。
なんと賢いやつだ」。
さてソロモンはきっと、クモのことではなく、自分や私たちのことを語っているのでしょう。
私たちはなんとクモに似ていることか。
私たちもふるさとを失った者たちです。
どこかにようやく根を下ろしたかと思うと、死がやって来て、私たちを引き抜いていくのです。
ソロモンのクモからは、大いに学ぶべきです。
私たち、ふるさとを失ったたましいは、王の王、主イエス・キリストのもとへと、帰ることができます。
溺れ死んでズィルト島へ流れ着いた船乗りたちの墓に、ケーゲル(1829-98)がこんなことばを刻み
ました。
それは私たちすべての者にふさわしい詩です。
「私らは時の潮に流されて、岸辺に打ち上げられし者。
災いと憂い溢れる者たちを、ふるさとへ運ぶ救いの主。
御父の家は変わらずにある。
いかに運命の移るとも。
ゴルゴタの十字架こそ、ふるさとなき者のふるさと」。
主よ。
王なるあなたのみもとに、住む身は幸いです。アーメン
God Bless You!!
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