2018年8月22日(水)の手紙

2018年8月22日(水)


『なまけ者は言う。「獅子が外にいる。私はちまたで殺される」と。』箴言22章13節


男は怠けてベッドにひっくり返っています。
さっきから仕事が彼を呼んでいます。

が、彼は言いわけを思いつきました。
「外にライオンがいるかもしれない」。

これはなんとよく、私たちの正体を暴露していることでしょうか。
実際、私たちはいいかげんな言いわけを考えつくものです。

が、そんな私たちにも、生ける神は呼びかけてくださいます。
主に立ち返るよう、主に仕えるようにと招いてくださいます。

なんという切なる招きでしょうか。
神は歴史のただ中に、イエスの十字架をお立てになりました。
十字架の主は、「地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ」と招かれます。

復活の主は、私たちの中に立ち、「わたしのほかに救い主はいない」と言われます。
そして聖霊は私たちの良心の戸を叩き、神の救いを求めるようにと、切に勧められるのです。

そうです。
私たちは切に招かれています。

が、なんと多くの人々が、この怠け者のようであることでしょうか。
まじめに神に向かわない言いわけを、どれだけでも作り出すのです。

「暇がない」「そこまで打ち込むには、地位が邪魔をする」「学問的にそれは不可能だ」「急ぐことはない。まだ若い」「キリスト者には、いやな思いをさせられたので」。

よくもまあこんなにたくさんの「ライオン的口実」があるものです。

恐ろしいのは、言いわけを続けるうちに、本当にライオンの餌食になってしまうことです。
(聖書の言うとおり)「悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っている」からです。

私たちは、このライオンの餌食にされるのです。
もしも、罪や自己義認の眠りから覚めないならば。

主よ。
完全な新しい出発を始めさせてください。アーメン

God Bless You!!


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