2018年5月14日(月)の手紙

2018年5月14日(月)


『主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、霊の砕かれた者を救われる。』詩篇34篇18節


人はよく「神はどこにいるのか」と尋ねます。
みことばは、「心の打ち砕かれた者の近くに」と答えます。

聖書に詳しい人が言うかもしれません。
「それは聖書の教えではない。
『神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません』と書いてあるのだから、神は、特別なタイプの人だけにではなく、すべての人のそばにおられるのだ」。

そうです。
聖書は各所で、そう語ります。
カインが弟アベルを打ち殺した時、神は「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」と呼びかけなさいました。
それどころか神はこの強情な殺人犯の、恐ろしいほど近くにおられたのです。

詩篇に歌われています。
「あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました」。

神はすべての人の近くにおられる。
それゆえ、きょうのみことばが、主は心の打ち砕かれた者の近くにおられると言うなら、それはとても珍しいことです。

では、主はいったいどこにおられるのでしょうか。
同じ近くと言ってもさまざまです。

たとえば都会の交通事故。
男がひとり、血を流して倒れています。
野次馬が集まり、そのうちのひとりだけが負傷者のそばにかがみ込みます。
血をふいてやり、自分の上着を頭に敷いてやり、「しっかりしろ」と励まします。

近くにはたくさん人がいます。
が、このひとりは近さがまるで違うのです。

同じように、神はすべての人の近くにおられて、だれひとり神から離れることはできませんが、「心の打ち砕かれた者」には、神はもっと別の意味で近くおられるのです。

イエスにおいて神は彼らの上にかがみ込んでおられます。
救い主は釘跡のある手で彼らを握りしめ、いやし、慰めてくださるのです。

平然たる日々の果てに、突如傍らに仮借なき神を発見して戦慄する。
そんな人生でありませんように。

主よ。
私たちを砕いてください。
それによって恵み深いあなたを知りますように。アーメン

God Bless You!!


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