2018年11月23日(金)の手紙

2018年11月23日(金)


『罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。』ローマ人への手紙6章23節


ルツェルンの町には、中世の木橋が今もロイス川に架かっています。
頑丈な手すりの間に、絵の板がはめ込まれて、そこにさまざまな職業が描かれています。

私はあるとき、その1枚1枚をながめていて、弁護士の絵に心ひかれました。
当初の彩色はあせていますが、下に書いた詩ははっきりと読み取れました。

「さばきにあたり弁護する。
訴えの真相を究め尽そう。
だが、当然の死の免除ばかりは、この私にもままならぬ」。

今日の多くの人々がもはや知らないでいることを、この作詩者は知っていました。
彼は死の何たるかを承知していたのです。
すなわち、死は、私たちの罪への当然のさばきだということです。

私たちは当然、死に定められています。
死は私たちの罪の報酬だからです。

この判決を前にしては、私たちにはいかなる控訴も不可能であり、どんなに有能な弁護士も無力そのものです。
「この私にもままならぬ」。
なんと恐るべきことでしょうか。

しかし、その私たちが死から当然救われる、これが喜ばしい聖書の知らせであり、福音です。
私たちのために十字架にかかられた御子イエスについて、詩篇の作者は「まことに、あなたは私のたましいを死から救い出されました」と歌います。

しかも、それを、この点が重要ですが、当然のこととして歌うのです。
主が保証人となって私たちの代わりに支払いを終えてくださったからです。
そして、イエスのものとされた人々はいのちを持ちます。

「神の下さる賜物は、キリスト・イエスにある永遠のいのちです」。

主よ。
あなたによって私は自由を得ました。
私が当然の死を免れるためです。
感謝いたします。アーメン

God Bless You!!


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