2017年4月23日(日)の手紙

2017年4月23日(日)


『もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。』テモテへの第二の手紙2章21節


この状況を変えるために、私は神に召されたのだと考えるけれど、実際は神が変えようとしておらえるのは、私達の方だ。
なぜだろう。

その答えは、神が私達を「尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる」ようにしておられるからだ。

神は、思いがけない場所で思いがけない人を用いて、人生の最も難しい教訓を教えられる。
そしてやっと学んだと思うと、更なる深みに私達を導かれる。

あなたが改革の担い手になりたいのなら、唯一まことの「改革の担い手」に逆らってはならない。
まず自分が変えられなければ、改革の担い手にはなれない。
神の御心は、あなたにとっての最善、そして主の栄光なのだから。

God Bless You!!

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