2017年11月23日(木)の手紙

2017年11月23日(木)

『事実、ダビデは、その時代の人々に神のみ旨にしたがって仕えたが、やがて眠りにつき、先祖たちの中に加えられて、ついに朽ち果ててしまった。』使徒行伝13章36節


「生きているのが辛い」という状況の人がいたとしたら、なぜ、神はこんな状態を続けられるのか、と思うかもしれない。

イエスが御国に戻っていかれるとき、「主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか」とペテロは尋ねた。
ペテロのように、今すぐ御国に入れていただけないのはなぜだろうと思うかもしれない。

だけど、私たちが地上に残されているのは、神の愛に満ちた有益な目的があるから。
私たちの内に成されるべき神の御業が残っていて、それは地上でしか果たすことはできない。

苦難は一時的であり、「測り知れない、重い永遠の栄光」をもたらしてくれる。
人のために果たすべきこともある。
愛し、祈ることしかできなかったとしても。
私たちの存在理由は、周りの人が私たちの世話をすることで、愛やあわれみを学ぶことなのかも知れない。

早く天国に行きたい(または、行かせてあげたい)と願う状況は確かにあるけれど、肉体をもった「生」によって多くの実を結ぶことも事実だ。
また、待つことの中にも慰めがある。

神には神の目的がある。
確実にある。
神がきちんと支配されていると知ることこそが、一番の慰めではないだろうか。

God Bless You!!

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