2012年9月6日(木)

2012年9月6日(木)


『欺くことをする者は、わが家のうちに住むことができません。偽りを言う者はわが目の前に立つことができません』詩篇101篇7節


アナニヤと妻のサッピラが、土地の代金の事でついた嘘は、ふたりに死をもたらした。

この話を引き合いに出した人が、落ちつかなげに苦笑しながら、こう言うのを一度ならず聞いた事がある。

「神様が、今はもう嘘をついた人間を死にいたらしめる事がなくなってよかったよ」

果たしてそうだろうか。
私には、今でも嘘の代償は死のように思える。
おそらく、身体の死ではなく、次にあげるものの死なのかもしれない。

結婚生活…偽りは家族という木の幹を、シロアリのように食い荒らす。
良心…二度目の嘘が怖いのは、最初の時より、簡単に嘘がつけるからだ。
経歴…カンニングで退学になった学生か、使い込みをしてクビになった社員に、嘘が命取りにならないか訊ねてみるといい。

このほかにも、親しさや信用、安らぎ、信頼の死をあげる事ができる。

だけど、嘘がもたらす最も悲劇的な死は、私達のキリストについての証言ではないだろうか。

法廷は、偽証陳述をする証人の言う事には耳を貸さない。
世間も同じように、キリストについて語る私達の言葉を信じようとはしないだろう。

だから、いつも真実であり続けよう。
真実である事は、完璧である事ではない。
正直であり続ける事なのだから。

God Bless You!!


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