2012年5月5日(土)
『だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである』ローマ人への手紙8章33節
私達の人生のいついかなる時にも、ことあらば私達を罪に定めようと手ぐすね引く者がいる。
私達のどんなしくじりにも目をつけ、いかなる過ちも見逃さない。
私達が過去を忘れようとすれば、思い出させようとし、過ちを正そうとすれば邪魔をする。
この悪賢い証人の何よりの目標は、私達を法廷に引き出し、私達の罪を告発する事なのだ。
その証人とは誰か。
それはサタンだ。
サタンは私達を罵る。
「神よ、あなたはこの者をご自分の子どもと呼んでおられるが、やつにはそんな価値などありはしない」
サタンが言い募るのを、私達はうなだれて聞いている。
弁明のしようがない。
サタンの告発は的を得ているからだ。
「有罪を認めます。裁判長」私達は口ごもりながら言う。
「判決は?」サタンが訊ねる。
「罪の報酬は死です」裁判長が説明する。
「しかしながら、このケースでは、死はすでに執行済みです。この人はキリストと共に死んだのだから」
サタンはやにわに黙り込む。
私達はたちまち歓喜に包まれる。
私達は裁判長の前に立ち、彼がこう宣言するのを耳にする。
「無罪」
God Bless You!!
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