2012年5月24日(木)

2012年5月24日(木)


『もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる』ヨハネの第一の手紙1章9節


「もし…」
聖書の中で、最も重要な言葉は、ふた文字からなる「もし…」という言葉かもしれない。
なぜなら罪を告白し、過ちを認める事は、まさに“高慢の捕らわれ人”が滅びる瞬間にほかならないからだ。

「私が罪人だって?確かに私は時たま、ちょっと語気を荒げたりする事はあるけどね。でもたいていは、いい人だよ」
「私くらいまともな人間はいないよ。
法律だって守っているし」

正当化。
こじつけ。
他人との比較。
いかにも善人らしく聞こえる。
よく、耳にする話だ。
だけど、天の御国では、これらの言葉はむなしく響く。

私達が自分の罪に悲しむようになったら、自分には他に道がないと認めたら、その時は、私達の思いわずらいをすべて主にゆだねよう。
主はずっと待っていてくださるからだ。

God Bless You!!


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