2012年1月9日(月)

2012年1月9日(月)


『それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた』ヨハネによる福音書13章5節


私達が、イエス様が用意されたたらいに足を入れる事、それは私達の人生の中で最も汚れた部分を主の御手にゆだねる事を意味している。

当時、人々の足は泥と汚れが厚くこびりついていた。
そして奴隷の中でも、最も身分の低い奴隷が客の足をきれいにする。
イエス様は、その奴隷の役を引き受けてくださった。

イエス様は、私達の人生の最も汚れた部分を洗いきよめようとしておられる。
ただし、それはあなたがそうしていただこうとするならば、だ。

イエス様が用意されたたらいに足を入れる事ができるのは、自分は汚いと告白する者だけだ。
汚れがこびりついて取れない事を、自分が禁じられた道を歩んでしまった事を、これまで間違った道をたどってきた事を、私達が告白した時に、はじめてたらいに足を入れる事ができる。

自分は汚れていると告白するまで、私達は決してきよめられる事はない。
自分は汚いと認めるまで、決してきよくなれない。
だからイエス様を必要としない

私達が傷付けたイエス様に足を洗っていただくまでは、私達を傷つけた人の足を洗う事は、決してできないのだ。

God Bless You!!


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