2012年1月24日(火)

2012年1月24日(火)


『イエスは舟から上がって大ぜいの群衆をごらんになり、飼う者のない羊のようなその有様を深くあわれんで、いろいろと教えはじめられた』マルコによる福音書6章34節


イエス様にはひとりになる時間が必要だった。

忘れてはならないのは、イエス様が湖を渡ったのは群衆から逃れるためだった。
主には嘆き悲しむ時が必要だったし、弟子達とゆっくり時間を過ごしたいと願っておられたし、何より父なる神との親しい交わりの時間が必要だった。

ここまで、おびただしい数の群衆を教え、癒す必要は少しもなかった。
けれども、人々に対する主の愛は、ご自分の休息の必要を打ち負かした。

イエス様に癒された人々の多くは、感謝の言葉さえ述べなかったが、それでも主は彼らを癒された。
大部分の人は、敬虔になるより、健康になる事に関心があったが、それでも主は彼らを癒された。
今日パンを求める人の一部は、その数か月後、主の血を求めて叫び声を上げた。
でも、イエス様は彼らを癒された。

それは主が彼らを“深くあわれまれた”からだ。
そして、主のあわれみによって、こんなに罪深い私達をも救ってくださったのだ。

God Bless You!!


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