2011年11月29日(火)

2011年11月29日(火)


『日々にわれらの荷を負われる主はほむべきかな。神はわれらの救である』詩篇68篇19節


私達は沢山の重荷を負いながら生きている。
ある人は、過去の過ちと言う重荷かもしれない。
取り返しのつかない失敗と言う重荷かも知れない。
その荷は私達には重く、背負いきる事はできない。

私達はその重荷を背負いながら、どこに行こうとしているのだろう。
たとえ、私達がどんな失敗をして、誰もが私達を拒んでも、イエス様は私達を見捨てたりはなさらない。
イエス様は、希望を失くした人のもとに真っ先に来てくださるのだ。

他には誰ひとり行こうとしない人達のところに行ってこう言われる。
「私を信じる者には永遠の命を与える」と。

私達の思い煩いや背負いきれない重荷をイエス様にゆだねるかどうかを決めるのは私達だ。
他の誰かが、あなたのかわりにあなたの重荷を負う事はできないし、また誰かがあなたの重荷を主に差し出す事もできない。
私達を気遣ってくださる方にすべての重荷や不安、思い煩いをゆだねるかどうかを決めるのは私達自身だ。

でも、ただひとつわかっている事がある。
それは、主は私達の重荷を背負う覚悟をすでにしておられると言う事だ。
だから、安心して毎日を始める事ができる。
私達の心配の重荷を主の足元に置く事ができる。

これ以上、素晴らしい一日の始め方が、他にあるだろうか。

God Bless You!!

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