2月25日(木)の手紙


2016年2月25日(木)

『一方では、ねたみや闘争心からキリストを宣べ伝える者がおり、他方では善意からそうする者がいる』ピリピ人への手紙1章15節


キリストの霊は、ねたみや利己的な競争とは無縁だ。

パウロは、利己的な教会指導者達に対して、寛容と善意を示しているけれど、これこそが本物のクリスチャン・スピリットだと言える。
パウロのあり方は、キリストに似た者であり、ねたみや党派心がない。
ヤコブの手紙が呼びかけているのも、この事だ。

教会は、建て上げられなければならない。
だけど、人数の事ばかり気にするというような、低いレベルに甘んじないようにしよう。

キリストの知恵と栄光は、世の知恵と同じではない。
無欲であるという事は、努力の要る事だけれど、私達の内におられるイエス様を映す行いだ。
良い判断というものは、概して、そのような行いを求めるものだ。
何より、神への従順の結果としての自己犠牲ほど、神に喜んでいただける行いはない。

God Bless You!!

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