2月15日(月)の手紙


2016年2月15日(月)

『そして群衆を解散させてから、祈るためひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた』マタイによる福音書14章23節


聖書には、神と人間の隔たりを強調している個所と、親しさを強調している個所があるけれど、イエス様は、その親しさに頼るようにと教えられた。

ご自分が祈られる時は、「アバ」、つまり「パパ」と呼びかけられた。
このくだけた呼び方は、それまでユダヤ人の祈りで用いられた事はなかった。
新しい祈りが生まれたのだ。

イエス様は、神と人の違いを誰よりもご存知だった。
だけど、神が、空の鳥を心にかけ、髪の毛の事までもご存知で、人それぞれの関心事に心を傾けてくださるお方であると知っておられた。
そして、祈りが時間をかけるに値する奉仕だと信じておられた。

「なぜ祈るのか」と尋ねる人がいたなら、私は「イエス様が祈られたから」と答えるだろう。
イエス様でも祈る必要があるのなら、私達にはなおさら必要だ。

God Bless You!!

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