2月11日(木)の手紙


2016年2月11日(木)

『わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる』ガラテヤ人への手紙6章9節


生きていて何の得になるのかという質問は、自分本位な問いかけだ。
クリスチャンならば、他人の人生に何を与えているのだろうかと問いかけなければならない。

ずいぶん前の事だけれど、ひとりの医師がカナダ東部で医療宣教師として奉仕したという。
彼は、人手を探すために、再び病院に戻り、看護師達に、ひと夏一緒に働きましょうとチャレンジした。

その時、彼が約束したのは、不便さと困難だ。
また給料はでないので、自費で参加しなければいけないと言った。
だけど、同時に、神に奉仕するのだから、喜びを体験するだろうと約束した。

彼の言葉に感化されて赴いた看護師は、戻って来て次のように記している。
「人生は、得をしなければつまらないと思っていました。
しかし今は、人生の本当の醍醐味は、自分がどれだけ他人の人生に寄与できるのかを体験する事だと思います」。

クリスチャンにとって、これこそが満たされた人生の鍵なのだ。

パウロが語った今日の御言葉の励ましを、いつも思い出して欲しい。
自分をイエス様のために、また人々のために与えるなら、何にも変えがたい達成感に満たされるだろう。
私達が霊的に絶好調な時は、他の人に喜んで仕えている時なのかも知れない。

God Bless You!!

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