12月8日(火)の手紙


2015年12月8日(火)

『こうして七日七夜、彼と共に地に座していて、ひと言も彼に話しかける者がなかった。彼の苦しみの非常に大きいのを見たからである』ヨブ記2章13節


ヨブの思いやりのない三人の友人を、私達は当然のように非難する。
だけど、彼らはヨブのところに来て黙ったまま、七日間座っていた。
その時、実は、彼らは最も雄弁にヨブに語り掛けていたのだ。

苦しむ人を前にすると、本能的にたじろいでしまう。
その人は話したいのか、お気の毒と言われたいのか、それとも「頑張れ!」と励まされたいのか分からない。

何をするのがいいのだろう。

こんな話がある。
ひとりの牧師が、葬儀に出席しようとしてセレモニーホールに行ったのだけれど、間違って別の部屋に通されてしまった。

そこには年老いた男性の棺が安置され、彼の妻だけが葬式の参列者だった。
牧師は、寂しそうな婦人の姿に、その場に残ろうと決めた。
それどころか、墓地まで一緒に行ったそうだ。

墓前礼拝が終わると、彼は故人を知らないと告白した。
老婦人は言った。
「分かっていました。でも、そんな事はどうでもよいのです。
私にとって、これがどれほどありがたかった、口ではとても言えません」。

苦しんでいる人は、控えめな人に救われる。
必要な時に側にいてくれた人。
時計を何度も見ないで、話を聞いてくれた人。
肩を抱き、一緒に泣いてくれた人だ。

つまり、自分の都合ではなく、苦しむ人の立場に立って、できる事をしてくれた人だ。

God Bless You!!

a:272 t:1 y:0