12月1日(月)の手紙


『あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである』ペテロの第一の手紙2章21節


紀元64年、何者かがローマの町に放火し、数日後には、町の三分の二が焼失して廃墟となった。
放火の犯人は、この都を建て替え、自分の名をつけたいと望んだ皇帝ネロではないかという噂が広がった。

困った立場になった皇帝は、誰かに罪をなすりつけようと、自分を守るすべのない少数派のクリスチャンを選んだ。
彼は、非常に激しい迫害を始めたので、最初は「反キリスト」と言われていたほどだ。
ペテロとパウロは、この時に殉教したと伝えられている。

ネロは、クリスチャンを人間たいまつにして、宮廷の庭を照らすなど、非常に残忍な行為を繰り返した。
キリストを信じる信仰は、宣教が始まったばかりで、信者の数が比較的少なかったので、こんな行為がまかり通ったのだろう。

だけど、迫害は、結局のところ逆効果だった。
この信仰は、弱体化する事なく、むしろ強大になった。
その後の二百数十年で、非常に大きな影響力となり、皇帝コンスタンティヌスは、ついにキリスト教をローマ皇帝の国教にしたと歴史は伝えている。

神様にとって、迫害には必ず目的がある。
私達が「苦しめられても… 正しく裁かれる方にお任せになりました」というキリストの模範に従うなら、主ご自身が最善の道を開かれる。

イエス・キリストを信じなかったという理由で苦しむより、イエス・キリストを信じたという理由で苦しんだ方が、はるかに尊い事なのだから。

God Bless You!!


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