5月4日(水)の手紙


2016年5月4日(水)

『エフライムよ、どうして、あなたを捨てることができようか。イスラエルよ、どうしてあなたを渡すことができようか。どうしてあなたをアデマのようにすることができようか。どうしてあなたをゼボイムのように扱うことができようか。わたしの心は、わたしのうちに変り、わたしのあわれみは、ことごとくもえ起っている』ホセア書11章8節


人間の感情で「裏切られた」という気持ちほど強いものはない。

恋人が別の人に心変わりをしたという人と話せば、すぐに分かるだろう。
演歌の歌詞を見ても分かる。
殺人事件を調べていくなら、その原因の多くが男女関係である事に驚かされる。

神は旧約聖書の中で、死ぬほど愛しても何の見返りもないという関係を、ホセアの結婚を通して鮮やかに描いておられる。
神は非常に大きな力を持っておられるけれど、その力で相手の愛を強要するような事はなさらない。

神は重力のように大きな力だけれど、単なる力であり、人格や人情を持っていないと考えている多くの人がいる。

だけど、ホセア書の記述は、それとは正反対だ。
神は、情熱的に愛し、怒り、涙するお方だ。
そして、イスラエルの民に拒絶されている事を嘆いておられる。

神は、恋するお方なのだ。
ご自分の花嫁を他の誰かと共有するなどあり得ない。
恋人イスラエルは、神に背を向けた。
だけど、神は驚くべき事に、その恋人から離れようとはされなかった。
苦しくても、イスラエルが御もとに戻る日を待っておられた。

神は、罰する事ではなく愛する事を望んでおられると、ホセアは証している。
イエス様もそうだ。
事実、神はご自分のひとり子をお与えになるほどに、私達を愛してくださっている。
その愛から、離れてはいけない。

God Bless You!!

a:296 t:1 y:0