3月22日(火)の手紙


2016年3月22日(火)

『しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである』ヨハネによる福音書13章14節


ある有名な会社の調査によると、会社を辞めようと考えている人の大多数は、十分な給料をもらっていないと感じているそうだ。
だけど、実際に給与が業界の基準以下の人は、全体の2割にもならなかった。

これらの人の問題は、給与が少ないというよりは分不相応な肩書を持っている事だと言った人がいる。
責任の重い仕事をするわけではないのに、会社が立派な肩書をこしらえて社員にあてがっているのだ。

すると、仕事の内容ではなく肩書に見合った給料をもらって当然だと人は感じるという。
だけど、給与に関して言うならば、何と呼ばれているかではなく、どんな働きをしているかが大切だ。

イエス様も、呼び方と働きについて教えられたけれど、それは興味深い。
主は最後の晩餐の席で、しもべになって弟子達の足を洗い、驚くような事を言われた。

「あなたがたはわたしを教師とも主とも呼んでいる。
あなたがたがそう言うのはよい。
わたしはそのような者だからです。
しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである」。

キリストは、ご自分に従うすべての人に模範を示された。
大切なのは、何と呼ばれるかではなく、何をするかだ。
キリストに仕えれば仕えるほど、自分に仕える事は少なくなるのだから。

God Bless You!!

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