2028年7月12日(木)の手紙

2018年7月12日(木)


『ボアズはベツレヘムからやって来て、刈る者たちに言った。「主があなたがたとともにおられますように。」 彼らは、「主があなたを祝福されますように」と答えた。』ルツ記2章4節


互いにこのように声をかけ合う人々。

灼熱のもとでの収穫作業もたけなわとなり、刈りガマを持つ手は、最後の力をふりしぼって働いています。

そこへ地主が現れた。
さて、どんなあいさつが交わされるか、さまざまに想像できるでしょう。

私たちは機嫌の悪い主人を知っています。
また、うるさく言われた使用人がののしり出す場面を見たこともあります。
人間同士がどれほど頑なな口のきき方ができるかということも、たびたびの経験で知っています。

それは何と冷淡で、野卑で、詰まらないことでしょうか。

さて、この箇所はどうでしょ?
「主があなたがたとともに…」。

ボアズは曖昧な神を指したのではありません。
「主」。
ヘブル語では、ご自分の民と契約を結んでくださった、啓示の神のことです。
その方が「ともにおられるように」。

教会堂の中ばかりか、炎天下の仕事の最中にも、主が猛暑の中であなたがたの陰となり、終日、喜びとなられるように、と言うのです。

刈る者たちが答えます。
「主があなたを祝福されますように」。

なんとやさしい呼びかけ合いでしょうか。
「それは昔のことだ」、「当時の習慣だ」と、おそらくあなたは思うでしょう。

いいえ。
私たちはここに、生ける神の群れに属する人々を見るのです。

その神はイエスにおいてご自分を啓示したお方であり、また、ご自分の民に新しい霊を与え、彼らが傷つけあわず、災いを願いあわず、互いに祝福しあう者となるようにしてくださったお方です。

イエスにある神の恵みの光が届くところでは、すべてのこと、人間同士の交わすことばまでもが、変えられてしまうのです。

主よ。
私たちをも新しくすることがおできになります。
そうしてください。アーメン

God Bless You!!


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