2025年9月9日(火)の手紙
『互いの重荷を負い合いなさい。そうすれば、キリストの律法を成就することになります。』ガラテヤ人への手紙6章2節
クリスチャンの牧師が、空腹でぼろをまとった少年を連れてきました。
牧師は彼に服を着せ、夕食を出しました。
夕食後、その男の子と一緒にひざまずき、祈りました。
「あなたは神を私たちの父と呼びましたか」と少年は尋ねました。
牧師は答えました。
「そうですよ。あなたと私の父ですよ」
「それでは私たちは兄弟ですね」と少年は言いました。
牧師は言いました。
「本当に私たちは兄弟です」
そして彼に新しい靴を買うお金を渡しました。
数日後、靴屋は牧師に電話をしました。
「先日、不思議なことがありました。
男の子がやってきて、彼の兄が靴を買うようにと彼を来させたと言いました。
兄は誰かと尋ねるとあなただと答えました」
「その通りです」とその牧師は答えました。
「そして彼はあなたの弟でもあるのですよ。
もしよければあなたは靴の代金を分担することもできますよ」と。
たぶん、最も力強いのは、神が私たちの父であり、私たちは皆兄弟であることを知ることでしょう。
私たちはすべてつながっており、お互いに対して責任があるのです。
パウロは、このことはクリスチャンにとって必須であり、他の人の重荷を負うことは「キリストの掟」であり、クリスチャンには必要条件であると考えました。
クリスチャンはお互いをサポートする同じ規律に従わなくてはなりません。
私たちは自己信頼のルールに管理されているのではなく、「お互いに愛し合う」ということを本当に示すための戒めによって支えられています。
もし私たちの靴の代金を共に支払わないなら、私たちは皆裸足であり、心が空っぽです。
主よ、
あなたの愛の法則に従えるように、そして私の兄弟姉妹の重荷を負うことができるような力を与えられますように導いてください。
アーメン
God Bless You!!