2025年9月6日(土)の手紙
『また、五時ごろ出て行き、別の人たちが立っているのを見つけた。そこで、彼らに言った。「なぜ一日中何もしないでここに立っているのですか。」』マタイの福音書20章6節
関係は庭のようです。
それは手入れが必要です。
友情は激励、接触、そして連絡をとることによってのみ続きます。
多くの結婚は特別な行為や不満よりも、無関心から気持ちが離れていきます。
関係はだめになるのではなくさびつくのです。
友情は無視したり、見過ごしたりすると破綻します。
人は一人では成長しませんし無視されていては育ちません。
回復は生涯にわたって続きますが、かかわるのを長い間待つことはできません。
実際、イエスは口実を与えません。
私たちが道草をしたり、怠惰であったりすることを許しません。
イエスが語られた庭で働く雇われた労働者にぶらぶらしている時間を与えないのです。
イエスはとても多くの仕事がなされなければならないことを知っていました。
シャベルや草かきに手を置く休み時間を与えるのですが、長引かせたり、失業したりする時間を与えません。
クリスチャンはいつも常勤の仕事に携わっています。
私たちを満足させるものは、次のことを知ることです。
パウロが信じたように、「私たちは神のために働く同労者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。」
それは私たちを活気づけ、私たちを動かします。
主なるキリストへ、
私の人間関係の中で、怠惰な無関心から救ってください。
アーメン
God Bless You!!