2025年9月5日(金)の手紙
『主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」』ルカの福音書10章41節~42節
神は警察のような力を用いません。
回復の道を無理に歩かせたり、強制的に従わせたりするような方法をとりません。
神は私たちに力を与え、選択する特権を与えました。
私たちには責任があります。
また、釈明する責任があります。
選択の結果もまた、私たちの責任です。
「世の光」というホルマンハントの絵の中で、イエス様は、長い間閉じられていた蔦に蔽われたドアの前に立っています。
イエス様は手にランプを持っています。
彼は、立って、ドアをノックします。
そこで長い間待ちながら、ずっと、忍耐強くノックしているように見えます。
近くでみると、ドアの外側にはドアの取っ手や掛け金もありません。
内部からだけ開けられるのです。
あなたはイエスを無視することはできません。
神であるキリストは待ち、ノックします。
彼はノックを止めません。
しかし、掛け金は内部にあります。
私たちは自分でドアを開けなければなりません。
彼を中に入れなければなりません。
この選択はまた、選挙のように描かれています。
主はいつも私たちに投票します。
悪魔は私たちに反対の投票をします。
次に、私たちが投票します。
私たちの投票は同点を破ります。
私たちをキリストへ引きつけるのはキリストが私たちに価値を見い出し、価値を認め肯定してくださるからです。
悪に私たちを寄せつけないのは、悪魔が私たちをこき下ろし、みくびり、面目を失わせるからです。
どのようにしてキリストだけに投票できるのでしょうか。
なぜキリストを外にいさせることができるでしょうか。
そのようなことはできません。
私たちは神の選挙運動の拠点です。
主よ、
私は選ぶことを恐れます。
しかし、あなたはそれを簡単にしてくださいます。
あなたは確実な勝利者です。
アーメン
God Bless You!!