2025年9月12日(金)の手紙

『ですから彼らを恐れてはいけません。おおわれているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずにすむものはないからです。』マタイの福音書10章26節


ある女性がバスに乗り遅れまいと急いでいる姿が見えました。
乗車するために緊張していて、乗る間際まで走っていました。
しかし、彼女はバスが発車してもスーツケースを腕につかんだままでいました。

一人の男性が「ご婦人、もうスーツケースを降ろしても大丈夫ですよ。バスが運んでくれますよ」とやさしく彼女の腕に触れて言いました。

これはよくみかける場面ではありませんか。
私たちは心配や、恐れでいっぱいになったスーツケースを降ろすことなくしっかりつかんでいるようなものです。

もちろん、生きることには何らかの心配があります。
鼓舞した歌手、刺激を受けた芸術家、興奮した運動選手、熱心な学生はすべて時折、適当なストレスを経験します。

しかし私たちは不必要な重荷を負う必要はありません。
クリスチャンとして本当の心配を抱えて主のもとに行きます。
私たちは非現実的なまたは想像の心配を背負う必要はありません。

多くの心配すべき現実があります。
錯覚でも空想でもありません。

ロバート・フロストは言いました。
「心配が仕事以上に人々を悩ます理由は、人々は仕事以上にもっと心配するからです」

イエスは私たちに恐れないようにと言います。
知られていないことや、隠れていることでさえも、隠れた恵みです。

事実、私たちが隠していることや私たちが知らないことが明らかにされる必要があり、その結果キリストはそのような現実に神の癒しの力を働かせることができるのです。

神は思い違いと共に働きません。
率直になること、正直になることが神のすべてです。

主よ、
私の重荷を降ろすことができるように助けてください。
そしてあなたに率直になれるように導いてください。
むだな心配をしないように救ってください。
アーメン

God Bless You!!