2025年9月1日(月)の手紙

『心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。』マタイの福音書5章3節


ある衣料品店が閉店セールを広告に出しました。
それは本当に閉店しようとしていました。

大安売りでした。
閉店セールの当日の朝、何百人もの人々が並んで入店を待っていました。

ある男が長い列を通り越して先頭に行った時、人々は信じられない様子で見ていました。
買い物客は怒っていらいらして、すぐに彼を後部に戻しました。

彼は列の最後尾に立った時、言いました。
「私はもう一度やってみるが、もし私に同じことをしたら私は店を開けませんよ」

この気の弱い店主が最後に示したことは「心の貧しい」の意味です。
イエスが考えているのは困っているという意味での貧しさです。

神なしで非常に困っていることを知っている人々は天の国を受け継ぐのです。
神の国をあまり持っていないと思う人はそれをすべて持つことができるのです。

「神にゆだねる」ということは私たちが自立しているというどんな考えも「神にゆだねる」ことです。

私たちの幸福は私たちの依存度によります。
神から離れては霊的に破綻し、神の前に空虚になると認めるとき、私たちは本当に満たされるのです。

神の豊かさで完全に満たされます。

私たちの嗜癖に対して、力のないことや、私たちの生活は扱いにくいことを認めることは、恥ずかしいことではありません。
それが信仰や回復への最初のステップです。

私たちは困っています。
しかし私たちの高い力、イエスというお方は私たちが必要なすべての豊かさを持っておられます。

主よ、
私の弱さを認められるように助けてください。
あなたの助けが必要だということがわかるように導いてください。
「貧しくて誇り高く」ではなく、「霊的に貧しく」なれるよう教えてください。
アーメン

God Bless You!!