2025年8月1日(金)の手紙
「また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。」マタイの福音書6章7節
時々、失敗するのは仕方がありません。
試みれば試みるほど、さらに悪くなるばかりです。
一度しくじると、すぐにまた失敗する。
前ニューヨーク市長のアル・スミスはシングシング刑務所を初めて視察していた時に、収容者に高揚させる言葉を話してくれるように刑務所長から依頼されました。
市長は「私の仲間の市民の皆様」と始めました。
そのとき囚人たちは市民権を剥奪されていました。
「私の仲間の囚人の皆様」と再び話しました。
しかし、それも全く間違いでした。
とうとう、彼はどもりながら言いました。
「さて、とにかく、私はここで、あなたがた、とても多くの人々に会えて嬉しい」と。
もし囚人たちがユーモアを解せなければその市長はたぶん、彼らの士気を高めることに失敗したでしょう。
このような場合はあります。
物事が下り坂になり続けている時です。
このような瞬間は困惑よりも深刻です。
悪いことにこれらの瞬間はつかの間以上のものになるかもしれないし、永久的になるかもしれません。
怖い場所にいたり、苦境に陥り続けていたりする時、多くの場合、自分自身で困った立場から出ようとします。
私たちは援助を必要とする時、「助けて!」と叫ぶ必要があります。
救いを必要とする時、私たちは救い主が必要です。
このような救いはいつも近くにあります——イエス・キリストです。
私たちが行わなければならないことは頼むことです。
祈りはとても特別な依頼の方法です。
援助者に電話することも方法です。
つまずき始める時は、落ちるよりも、バランスを回復し、支えを得ることのほうがずっと簡単です。
イエス・キリストは綱渡りをする人が持つバランスを取る棒のようなものです。
それはバランスを必要とする時、最も働きます。
倒れた後ではないのです。
主であり、救い主である方、
問題の原因を隠す衝動や、自分で行き詰まらないようにする衝動に用心させ続けてください。
あなたに助けを求めることを私に教えてください。
アーメン
God Bless You!!