2025年7月5日(土)の手紙
「イエスは、様々な病気にかかっている多くの人を癒やされた。また、多くの悪霊を追い出し、悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスのことを知っていたからである。」マルコの福音書1章34節
私たちの人生における悪魔の存在や異邦人や敵意の影響について、ある説教者が日曜日にお話しました。
その説教者は悪魔を絶望、憎しみ、欲張り、ねたみなどのようなものだと定義しました。
彼はこの種類の悪魔の所有物になることについて説得力のある事例を出しました。
私たちは本当に絶望や憎しみ、そして破壊的な欲求に所有されてしまうことがあり得るのです。
説教の後、ある人がその説教者に例外もあると言ってきました。
「あなたの悪魔に関する考えに私は同意できません。
私は50歳を超えています。
世界を旅してきました。
私は悪魔に出くわしたことはありません」
その説教者は答えました。
「たぶんあなたは悪魔と同じ方向へ行こうとしていたからでしょう」
私たちは衝動という悪魔に協力していませんでしたか。
嗜癖と仲良くしていませんでしたか。
飲みたい衝動や、ドラッグを使いたい衝動など、渇望に負けたときそれらを探しませんでしたか。
私たちは欲望や、コントロールできない力の手に自分が捕えられてしまっていました。
反抗しても、「なぜ戦うの、私はそれに加わるわ」と言ったでしょう。
嗜癖を守ろうとさえしました。
要するに、嗜癖の悪魔に侵略され、とりつかれていたのではありませんか。
私たちが、神と同じ方向に行き始めると、悪魔は追い出されるです、
しかし悪魔は招かれればいつも戻る用意ができています。
以前の性格の欠点や、有害な習慣・考え・感情を調べると、私たちの中にまだ多くが住んでいることがわかります。
神だけが私たちの現在、過去、未来の悪魔を追い払うことができます。
聖なるイエスさま、
私の悪魔を追い払ってください。
私を自己憐憫、絶望、憎しみ、わがままから救ってください。
アーメン