2025年7月26日(土)の手紙

「わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、その後はもう何もできない者たちを恐れてはいけません。」ルカの福音書12章4節


心理学を教えているある教授には子どもがなく、隣人が子どものおしりをたたいているのを見て、よく諭していました。

「あなたは子どもを愛すべきです。子どもたちを罰してはいけない」

ある日、その教授は新しいセメントの歩道を仕上げました。
彼はコテでならしたり、それを完璧にしたりするために長時間働きました。

ちょうど終えようとしていた時に、小さな男の子がそのセメントに手形をつけたり、絵を描いたりしているのを見ました。

彼は急いで近寄り、その男の子を捕まえ、お尻をたたき始めました。
隣人は窓から顔を出し、叫びました。

「気をつけて、教授。
覚えていませんか。
子どもを愛さなければならない」

「私は、理論的には彼を愛していますが、実際には愛していません」
その心理学者は叫び返しました。

最近次のように言った人がいました。
「今日、愛を語る言葉があふれているのに、愛の行動が欠けています」

愛はそれが行為とならなければ愛ではありません。
愛は感じたり、話されたりするだけではなく愛の行動が行われたときだけが愛なのです。

愛するという動詞は愛の行為を伴った実際の行動が必要となります。
愛は言葉なしで表現されることができます。

愛の贈り物はいつも現実の贈り物と与える行為によって表されるのです。
愛することはあなたが話す場所で、あなたの愛の行為が行われることを要求します。

もしいかなる行為も言葉よりも大きければそれは愛です。

回復は行いを中心に、神や、隣人や、自己を積極的に愛する行為で築かれます。
実際、回復は愛なしでは不可能です。

主よ、あなたはいつも行為で、十字架へ至るすべての道で、あなたの愛を示してくださいました。
どうぞあなたへの愛と他の人々への愛を行えるよう助けてください。
アーメン

God Bless You!!