2025年6月6日(金)の手紙
『すなわち、神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。』コリント人への手紙第二5章19節
ある刑務所の牧師が死刑囚の受刑者を定期的に訪問していました。
死刑宣告を受けた男は二時間後に死ぬことになっていました。
牧師は死刑囚の前に座りました。
二人とも黙ったままでした。
その時、囚人は牧師の顔に唾を吐きかけました。
牧師は座ったままで一言も言いませんでした。
とうとう彼はその囚人に「もっと唾はないのですか」と言いました。
その男は驚いて牧師を見ましたが、泣き出しました。
彼らは最後まで一緒にいました。
次の二時間のあいだ一人の強情な神の子どもは神の腕に戻る道を見つけました。
そして牢獄から解放され、神に和解され、癒されることを知りました。
偉大な心理学者が人生を二つの大きな力が働く過程であると述べました。
神と悪魔です。
裂くもの、粉砕するもの、引き裂くもの、ばらばらにするもの、引き離すものは何でも悪魔です。
神御自身の愛、癒し、修復、回復、参加、離れているものを合わせるものは神です。
この神の修復は和解と呼ばれており、回復への通り道なのです。
和解への修復は、回復の最も高い段階を構成しています。
なぜなら私たちは離ればなれになったものを一緒に元に戻そうとしているからです。
私たちはキリストの十字架の力強い癒しを経験します。
そして神の克服する愛を通して無傷の人になるのです。
救い主よ、
あなたは私たちに和解の奉仕の仕事を与えてくださいます。
私が神との和解に奉仕できますよう、導いてください。
アーメン
God Bless You!!