2025年6月30日(月)の手紙
『だれでも、このような子どもたちの一人を、わたしの名のゆえに受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。また、だれでもわたしを受け入れる人は、わたしではなく、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。』マルコの福音書9章37節
三世代の女性たち、祖母、母、そして少女がレストランへ行きました。
ウエイターは祖母の注文を取り、次は母親、それからその少女に聞きました。
「何を注文しますか、お嬢ちゃん」
母親はすぐにさえぎって言いました。
「私が彼女のオーダーをするわ」
ウエイターは失礼にならないようにして母親のほうを見ずに、母親がどのように反応するかを肩越しに眺めながら質問を繰り返しました。
「ねえ、あなたは何を食べたいのですか」と。
「ハンバーガーよ」と少女は言いました。
「ハンバーガーはマスタード、ケチャップ、ピックルを全部ですか」とウエイターは聞きました。
彼女は手をたたいて喜んで「全部よ」と答えました。
ウェイターは祖母と母親の注文を繰り返してから大声で言いました。
「それと全部を入れたハンバーガーデラックスですね」
少女は、とても驚いて、母親を見て言いました。
「ママ、彼女は私を本物だと思っているわ」
このウェイターは聖職者の仕事についています。
彼女は人々をユニークで特別だと思っています。
彼女は少女の声に耳を傾け、彼女を本物の人として扱いました。
このような関心は人を元気づけます。
人と会う時、聞いたり、答えたり、興味を示したりしてお互いの存在を楽しむことを伝えると奇跡が起こります。
私たちは本物になります。
私たちを元気づけるこのような関心を持たれるまで、私たちはどんな恵みの賜物であるかを気がつきません。
何回、私たちは他の人に関心を示しましたか。
聞き手である主なる神よ、
どうぞ私が他の人の話を聞き、彼らのありのままを喜ぶことによって、他の人の魂に、命の賜物であることを気づいてもらえることができるような接し方を教えてください。
アーメン
God Bless You!!