2025年6月26日(木)の手紙

『イエスは振り向いて、彼らがついて来るのを見て言われた。「あなたがたは何を求めているのですか。」彼らは言った。「ラビ(訳すと、先生)、どこにお泊まりですか。」』ヨハネの福音書1章38節


ある牧師が説教の始めに標語を持ち上げました。
それにはGODISNOWHEREと書いてありました。

牧師は、これは何と書いてあるかと会衆に尋ねました。
「GOD IS NO WHERE:神はどこにもいません」と会衆は答えました。

それから牧師は尋ねました。
「誰か「GOD IS NOW HERE:神はいまここにおられる」と読める人はいらっしゃいませんか」と。

この牧師の話で、皆はわかりました。

神について私たちの実際の姿はどうでしょうか。
同じ文字が異なったメッセージを伝えることができます。
それは私たちがどのように見るかにかかっています。

私たちはしばしば神はいないと思っています。
神が私たちと共に、ここにおられると思うことはあまりありません。

しかし望みをもって神の存在を期待すれば、神はここにおられると確かに感じます。
私たちが神はいると思うとき、神はいます。
否定的な結論に飛びつくと、神は見えません。

人生は恵みになりますし、呪い、問題、あるいはチャンスにもなりえます。
私たちが常に何を探すかにかかっています。
良いことか、悪いことか、神か無神論か、それはあなた次第です。

私たちには信仰の選択があります。
私たちはいつも詩篇の作者の態度を選ぶことができます。

「もしも私が生ける者の地で主のいつくしみを見ると信じていなかったなら──。」

救い主、
私があなたの目を通して自分を見られるように助けてください。
楽観的な信仰の目を通して見られるように導いてください。
アーメン

God Bless You!!