2025年6月17日(火)の手紙
『すると、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたはこれらの物すべてを見ているのですか。まことに、あなたがたに言います。ここで、どの石も崩されずに、ほかの石の上に残ることは決してありません。」』マタイの福音書24章2節
ある有名な精神科医が話したケースについてですが、その婦人は劣等感や無能感にさいなまれていました。
彼女は幼児のころから内気でした。
彼女の家族はみんな、外交的で、騒がしいほどでした。
彼女の父親は母親や二人の姉妹と同様に、快活で話好きな社交家でした。
父はその娘の内気さについて心配しており、もっと自分を表現できるようにうまく彼女を説き伏せようとしました。
ある日、父は彼女にプレゼントを買ってあげました。
それは金の鎖についている美しい小さなガラスの象でした。
父はそれをテーブルの上に置き、恥ずかしがり屋の娘に話しました。
「あなたにプレゼントを買ってきたよ」
娘は口もきけないほどびっくりしました。
この豪華なプレゼントを有頂天になって見詰めている彼女は口を開けたまま、目を見開いていました。
それの美しさだけではなく、お父さんの愛のシンボルであり、それは太陽のように輝いていました。
彼女はこの神秘的なものを見詰めて、答えることができず座っていました。
とうとう立ち上がり、飛び上がって、別の部屋にいたお母さんに話しに行きました。
しかしながら彼女は戻ってきたとき、困惑しました。
彼女の美しい象は彼女の妹の首にかけられていました。
お父さんは厳しく告げました。
「君はそれを欲しくなかったのでしょう。だからそれを君の妹にあげたよ」
この小さな内気な女の子が自分の価値を感じることなく、神経症で、臆病な女性になったことは不思議ではありません。
聞くこと、敏感さは命をもたらします。
無愛想、無感覚は窒息させたり、殺したりします。
この父親は自分の残酷さを気づきませんでした。
他の人の沈黙の中にある喜びや驚きにでさえ、聞く時間を持たなければ、私たちにはわからないのです。
聞くことは耳だけで行われるのではありません。
心も必要なのです。
憐れみの神、イエス・キリスト、
心で聞くことを私に教えてください。
アーメン
God Bless You!!