2025年6月1日(日)の手紙
『これを聞いて、イエスは彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」』マルコの福音書2章17節
多くの人にとって、キリストにある回復は、無力の状態のまま病院のベッドに寝て、医師や看護師の慈悲を受け入れるようなものでした。
絶望的な病気になったときは、彼らの介護を受け入れます。
「ほんの検査入院」の時は、かなり頑固で、非協力的でしょう。
無力で恐れているとき、何と従順になるかは驚くべきです。
荷が重すぎる時、誰かに手伝ってもらっても平気です。
悲しいことに、多くは長く待ちすぎたことです。
病気であるという事実に気づく前は、寝たきりの病人になる必要はありません。
ますます多くの人々が、ますます早い段階で援助を求めたり、依頼したりしています。
感謝すべきことに、回復途上の人々の平均年齢はすぐに30歳以下になるでしょう。
次のようなことは戸惑うような事実ばかりです。
私はコントロールできない。
私は病気だ。
私は愚かだ。
私はわがままだ。
しかし病気、愚かさ、うぬぼれを認めながら、全く無力になる前に本当に良くなりたい外来患者としてキリストに自分を引き受けてもらうことができるのです。
あなたが癒しの友の熟練した手に明け渡すとき、その信頼が癒し始めるのです。
偉大なる内科医である神様、
私はあなたのお世話に完全に自分を従わせます。
アーメン
God Bless You!!