2025年3月9日(日)の手紙

『すると、王は彼らに答えます。「まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。」』マタイの福音書25章40節


スラム街で一杯のスープを待ちながら長い列で並んでいる物乞いを描いている19世紀の絵画があります。

彼らはみんなぼろぼろで汚れていました。
しかし、一人の頭の周りにはほとんど見えませんが後光が差しています。
彼らの一人はキリストです。

私たちには、この世の貧しい兄弟姉妹の頭の周りには後光が差しているのが見えないかもしれませんが、もし思いやりのある目で見れば、キリストに会えるのです。

貧しい人々や病にある人に奉仕したり、世話したりすることは、主に仕えることなのです。

このような人々を世話することは時には無益なことで、むだな努力のように思われます。
しかしこのような愛と世話は有益なことです。
報酬は新しい出発への素晴らしい力です。

嗜癖の病気に苦しむ私たちはスラム街の浮浪者と異なるかもしれませんが、何度も自分の状態を認めるのを恥じました。
自分のような仲間にだけ受け入れられたことがわかったでしょうか。

私たちは同じでないかもしれません。
しかし起こりそうな筋書きは似ています。

愛と容認なくしては、絶望のみです。
受け入れてくれる人がいなければ、もう一度機会を与えてくれる人がいなければ新しい出発の夢は消えます。

回復しつつある依存症の人々の素晴らしい分ち合いを感謝しています。
彼らの愛は私たちを生に戻してくれます。

虐げられたキリスト、
私に新しい出発と新しいチャンスをください。
何よりもまず私を信じ、気づかう人々をお与えください。
アーメン

God Bless You!!