2025年3月25日(火)の手紙
「私たちは自分たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。」ヨハネの手紙第一4章16節
愛より美しいものはありません。
愛は悲しい出来事に、森や花や太陽の光を与えます。
愛は美しいけれど、愛は美しい以上に現実的です。
本当の愛は美しさのない実際の世界に本腰で取り組むのです。
しかし、美しいのです。
また、回復は美しい人々であふれていませんが、回復のために苦しむ人々は美しいのです。
十字架の重さに耐えながら頭を垂れるイエスの光景——つまずき、転倒、傷つくほどの石への激突、十字架上での彼の叫び、彼の汗、彼の血、彼のいまわの息——どれもきれいな光景ではありません。
しかし、何と美しいのでしょう。
数世紀も私たちはあの醜さの中に、その美をとらえようと努力してきました。
いくつかの美術の傑作は十字架上のイエスの美しい救い主を描こうとしました。
肉体を持ち、残酷にも裏切られ、苦しみを受け、十字架に釘打たれた神——もしあの丘に美よりも美しいものがなかったら、もし見るに耐えない恐ろしさが極限を超えて聖にならなかったら、これほど見苦しいものはないのではないでしょうか。
あり得ないでしょう。
でも黒になったのです。
そしてそれは聖でした。
十字架の下にひざまずく時はいつでも苦しんでいる救い主を感嘆して見詰めるように、十字架上のイエスはどんな美しさも比べものになりません。
栄光は圧倒的です。
時を超えてそそり立つ私たちが誇るキリストの十字架に、
すべての神聖を物語る光がキリストの崇高な頭上に集まる。
死と恵み、痛みと喜びは十字架によって清められる、
測ることのできない平和と絶えざる喜びがそこにある。
見なさい、彼の頭、彼の手、彼の足から悲しみや愛が混じりあって流れているのを。
かつてこのような愛と悲しみが出会っただろうか。
茨が豊かな冠を作っただろうか。
イエス様、
愛の美しい十字架が私の眼前に、そして私の心に永遠にありますように。
アーメン
God Bless You!!