2025年3月11日(火)の手紙

『私たちの救い主である神と、私たちの望みであるキリスト・イエスの命令によって、キリスト・イエスの使徒となったパウロから、』テモテへの手紙第一1章1節


古い格言に次のようなものがあります。

「私たちは何かを確かに知っていると思うが実際はそうではないことがある。
それが問題だ」

私たちが回復のステップを歩く前に、今は「そうではない」とわかっていることですが、いくつかの持論を持っていたでしょうか。

依存症になった主な原因は弱さ、罪深さ、または精神異常であると思っていました。
とりわけどうしようもなく迷っているか、呪われているか、地獄行きを宣告されたかのように思っていました。

多くのこのような考えが私たちの中を駆けめぐっていました。
しかし、実際はそうではないのです。

回復やクリスチャン生活の福音は、かつて考えていたことは間違いであると言います。
私たちは病気で、癒されることが必要です。
依存症は私たちが選んだのではなく、病気です。

もちろん、私たちは強められ、清められ、教えられる必要がありますが、まず、癒しが必要です。

最初のことは最初です。
癒しが見い出されるまでは、何が本当に力強いのか、よいのか、健全なのかをわかることさえできないのです。

「そうではない」ことの最も良い部分は、迷っているのではなく、呪われているのでもなく、地獄行きを宣告されたのでもなく望みがあることです。

その望みはいつもずっとあったところにあります。
私たちの望みであるキリスト・イエスにあるのです。

彼は私たちの医者で、彼の治療はどこにでも広がっていきます。
回復のステップの集まり、教会、病人が無知や絶望で医者を必要としているところにはどこにでもある有名な牧師が援助している人に言われました。

「あなたは良い人です」と。

牧師は答えました。
「私は良い人ではありません。
私は罪深く、自分勝手で、病気です。
イエス・キリストは私に手を置いてくれました。
それだけです」

そして、それがすべてです。

偉大なお医者様、
あなたの手を私に置いてください。
私に健康、強さ、善良さ、健全をもたらしてください。
望みと、喜びで、あなたの愛の手を受け入れられるように助けてください。
アーメン

God Bless You!!