2025年2月25日(火)の手紙
『「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。』コリント人への手紙第一1章31節
人間の想像力は宗教的組織を果てしなく創り上げることができるように思われます。
しかし、たった二つの宗教しかありません。
一つは、行いによって救われることを期待する人々によって信じられています。
もう一つは、為されたことによって救われている人々から成り立っています。
前者は人間に感謝します。
後者は神に感謝します。
前者は間違いで、後者が正しいのです。
回復プログラムに入る前は、私たちは前者に属していました。
自分たちの努力で回復を成し遂げるために何度も何度も試みました。
私たちが断念し、自己救済のために勇壮な努力を放棄したとき、それはすでにイエス・キリストに引き受けられていたことがわかりました。
自分を救うことはできません。
自分自身の救い主になることは誰にもできません。
私たちの選択は明確です。
不可能なことを成就しようとして無駄に行い続けるか、または断念し、「神にゆだね」、カルバリーの丘で成就された救いを受け入れるかなのです。
聖パウロは声を大にして言います。
「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。
それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。
行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。
実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。
神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」
救い主、
あなたは私の信仰する神です。
あなたの憐れみと愛を待ち望み、あなたから離れません。
あなたの仕事をさせ続けてください。
アーメン
God Bless You!!