2025年12月19日(金)の手紙

『ですからあなたがたは、現に行っているとおり、互いに励まし合い、互いを高め合いなさい。』テサロニケ人への手紙第一5章11節


幸せについて書かれた多くの語の中で、ベラン・ウルフの次の言葉は最もうまく表されているものの一つです。

幸せを探すために私たちは自分以外に焦点を当てて探す必要があります。
すなわち、もしあなたが自分のためにだけ生きているなら、あなたは自分の見方や興味の繰り返しですぐに死ぬほど退屈する危険にいつもさらされるでしょう。
誰も、自分のエゴをほかの人の奉仕に明け渡すまでは生きる意味がわからないでしょう。

信仰はこのような考えで満ちています。
高い神へ、またほかの人々のためにエゴを明け渡すときに私たちは信仰に立つことができます。

苦しんでいる人々と会うとき、神にゆだねているなら、彼らのことを考えざるを得ません。

イエスは「ほかの人たちのための人」として知られていました。
彼は命をその集中した素晴らしさを、自己を語ることによってではなく、ほかの人のために生き、死ぬことによって得たのです。

あなたと私のために。

私たちが同じ霊でキリストに求めるとき、自分の痛みが取り除かれます。
仲間の痛みを手当てするとき、自分の傷を忘れます。

自分を忘れる要素を持たなければなりません。
また、聖書の言葉に従うとき、互いに励まし合い、ほめ合うとき、思いがけない貴重な贈り物をもらえるのです。

自分の退屈さから救われます。

エゴより退屈なものはありません。
真の喜びは自分自身のエゴを超えて、変えられることなのです。

かつて、エゴを一トンの重さのあるエゴの固まりと呼んだ人がいます。
自己中心は退屈であるばかりでなく重いのです。

イエスは両方を処理してくれます。
彼はエネルギーを与え、退屈さと重さを取り除いてくれます。

「自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者はそれを見出すのです。」
そして「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

イエス様、
あなたは私自身をほかの人に引き渡す私の愛の力です。
私を強い力で引っ張りつづけてください。
どうか、私の退屈さで重くならないようにしてください。
アーメン

God Bless You!!