2025年12月11日(木)の手紙

『自分の十字架を負ってわたしに従って来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分のいのちを得る者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを得るのです。』マタイの福音書10章38節~39節


ある精神病患者について語られたお話があります。

彼は死んでいると思い、死体であることをすっかり確信しています。
医者たちは彼に説明しようとしていました。
とうとう医者たちは死体からは血が出ないと彼に同意させることができました。

男性はそれを実験することに同意しました。
彼は医者たちに彼の指をチクッと刺させ、血を出させました。
その患者は出血している指を見て言いました。

「あなたは何を知っているんだ。
死体からも出血するのだ」

私たちの多くはそのようなのです。
メンタルクリニックに入っていないかもしれませんが、私たちの考えは正しくないことがあります。

これらは「ひどい考え」、合理的な考え、言い訳、否定などと呼ばれています。
多くの人は、偽りの考えや、惑わしというものに汚染されています。
真実なことや正直さを見つけることは難しく、受け入れることはもっと難しいのです。

キリストに人々でおかしやすい最も一般的な間違いは、部分的な解放でも生きることができると信じていることです。
まキリストに完全に身を任さない状態で生きることができると信じています。

しかし完全なすべての福音が必要なのです。

異端者(Heretic)という語はギリシャ語の選り好みしたもの(choosy ones)からきています。
選んだり、つまんだりすることは完全な救いには適していません。

多くを与えた後では何も与えなくてもよいと考えて、自分を欺いています。
私たちは保留してしまいます。

完全に献身することをためらっています。

できないと思っているのでしょうか。
行ってみるまではわかりません。
任せることはパートの仕事ではなく常勤の仕事です。

そうすることによって、自由を見いだします。
しかし、命や意志を神の手に明け渡して初めて部分的な解放を超えることができるのです。

主なるイエスキリスト様、
私の考えをまっすぐにしてください。
否定や言い訳の方向ではなく、まっすぐにあなたの意志にゆだねる方向へと導いてください。
アーメン

God Bless You!!