2025年11月20日(木)の手紙
『むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人を飾りとしなさい。それこそ、神の御前で価値あるものです。』ペテロの手紙第一3章4節
平安という非常に貴重な賜物に私たちが心を開く時、満ち足りた気持ちより以上の楽しさがあります。
ホラスは次のように書きました。
「幸福を探し求めて世界を渡ることができますが、幸福はすべての人の届くところにあるのです。
満ち足りた気持ちはすべての人に幸福をさずけます」
しばらくの間、皆ここにいるのに、なぜ自分自身を悩ませたり、心配したりして魂を疲れさせるのですか。
私たちの心は安心する必要があります。
満ち足りた気持ちというのは、私たち自身と、そして私たちの状況を受け入れることができることです。
多少にかかわらず持っているものを感謝して使えることです。
神に信頼する時に、神の御旨の杯を飲むことです。
飲まないことは現在の状況や自分自身を否定することです。
持つものを好きになると、喜んで行うことができます。
回復途上のそれぞれの歩みには満足感があります。
満足することは、おいしい食事でお腹がいっぱいになるようなものです。
私たちは満ち足りて感謝します。
しかし、また空腹になり、満足感はなくなります。
しかし、一日においしい三食を食べることにより、それは繰り返され、毎日毎日、その必要感と満足感が繰り返されます。
主よ、
小さな満足に私の心を開いてくださいますように。
どうぞ、不満から私をお救いください。
毎日の恵みを受け入れることができるように、導いてください。
アーメン
God Bless You!!