2025年11月18日(火)の手紙

『私たちは、この望みとともに救われたのです。目に見える望みは望みではありません。目で見ているものを、だれが望むでしょうか。』ローマ人への手紙8章24節


ある年老いた無神論者がとうとう聖書を読むように説得されました。
彼は軽蔑していた本を毎日一時間読むことに決めました。

一週間読んだ後で、言いました。
「妻よ、もしこの本が正しければ、私たちは完全に間違っている」

もう一週間たって、彼は言いました。
「妻よ、もしこの本が正しければ、私たちは道に迷っている」

彼は読み続け、そして興奮して叫びました。
「妻よ、もしこの本が正しければ私たちは救われるかもしれない」

その無神論者と妻は神の救いを受け入れました。
彼らが受け入れたとき、彼らはすべての「もし……」を捨てました。

聖書を読む時、最終的に私たちは救われるかもしれないと気づきます。
それは素晴らしく恵まれた発見です。

ある芸術家が悪や死との戦いをチェスのゲームで描きました。

サタンがある若者とチェスをしているその肖像画がある大きな画廊に掲げてあります。
彼は悪魔に打ち負かされます。

この絵は明らかに悪魔の勝利を示しています。

ある日、偉大なチェスの師がこの絵を見にきました。
彼はチェスの板と負けていたと思われる若者の状況を調べました。

その師はその絵が現実であるかのように突然叫びました。
「若いの、あきらめてはだめだ。君はまだ動かせる」

私たちもそうです。
私たちには動かせるこまがあります。

そのこまは祈りであり、イエス・キリストへの明け渡しです。
彼は私たちが次のこまが見えるように助けてくださいます。

主よ、
あなたはいつも私が動く場所を持っておられます。
私はあなたが案内してくださることを知っています。
アーメン

God Bless You!!