2022年3月9日(水)

2022年3月9日(水)


『あなたがたも離れて行きたいのですか。』ヨハネの福音書6章67節


何という心探られる質問であろう。
主のおことばは、単純であればあるほど、図星である。

私たちはイエスがどういう御方か知っている。
それにもかかわらず、主はお尋ねになる。

「あなたがたも離れて行きたいのですか」と。
何が待っていようと、大胆に主について行く、という姿勢を、私たちは堅持しなければならない。

「こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去り、もはやイエスとともに歩もうとはしなくなった」。

この弟子たちはイエスとともに歩むことをやめてしまった。
罪の生活に戻ったわけではないが、逆戻りしていったのである。

今日、自分の人生をイエス・キリストのために用い、献げていながら、イエスとともに歩んでいない人は少なくない。
神が絶えず私たちに求めておられるのは、ィエス・キリストと一つになることだけである。

聖化の経験を経たとしても、主と一つになるための霊的な訓練が必要である。
神があなたに、ご自身のみこころを明確にお伝えになったとしても、神との関係を何か特別な方法で保とうとする必要は全くない。

ただ、イエス・キリストに完全に拠り頼んで生活すればよいのである。
決して、神の方法によらない別の方法で生活しようとしてはならない。
神の方法とは、神に自分を徹底的に明け渡すことである。

これから何が自分を待っているか、確かなことが分からなくても心配しないことこそ、イエスとともに歩む秘訣である。

ペテロは、自分に、そしてこの世に救いをもたらしてくださる御方としてイエスを見ていただけであった。
しかし主は、私たちがご自身とくびきをともにする同労者となることを望んでおられるのである。

ヨハネの福音書6章70節で、イエスは、ペテロに大切なことを思い起こさせた。
「あなたがたも離れて行きたいのですか」という質問に、ほかの人に代わって答えることはだれにもできないことを……。

God Bless You!!


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