2020年3月10日(火)
『やめよ。知れ。わたしこそ神。』詩篇46篇10節
神を知るためには、内なる静けさ〔新改訳「やめよ」]が絶対に必要です。
そのことを初めて学んだときのことをよく思い出します。
私の人生において大変な非常事態が発生して、私という存在のどこもかしこもが不安におののき、速やかに断固とした行動をとることがどうしても必要な時だと思えました。
それでもそのときの状況では、私には何一つできず、それができる人は動いてくれようとはしませんでした。
しばらくの間、私は内なる動揺で自分がばらばらに崩れてしまうような気がしていました。
そんなとき突然、小さな静かな声が私のたましいの奥深くにささやきかけたのです。
「静まって、わたしこそ神であることを知れ」。
そのことばには力があり、私は耳を傾けました。
私は自分の身体を完全に静まるように落ち着かせ、不安に満ちた心を強いて静めると、顔を上げて待ちました。
するとそのとき、それが神であることを本当に 『知った』のです。
どんな非常時にも、私が無力でなすすべがないときにもいてくださり、それに対処してくださる神がおられることを。
主は「国々の民の」間で、そして私の心の中であがめられたのです。
この経験は何があっても決して見逃すことはなかったでしょう。
そしてもう一つ付け加えるなら、この静けさからその非常時に対処する力がわいてきたようで、それからすぐに首尾よく解決に導かれました。
そのとき私が学んだのは、じっと静まっていることが「私の力」なのだ、ということでした。
身体をじっと動かさないようにすることは、心を静めるためにしばしば役立つと思います。
それができないときは、今このときから心の中で静まって待つようにお勧めします。
主は、どんなことでもあなたの気がかりなことを解決してくださるまでは「まどろむこともなく、眠ることもない」お方であることを確信して・・・。
ハンナ・ホワイトール・スミス
ああ、古の日々の麗しさよ!
古くはあれど、永遠に新しい!
あなたを求めるのが遅すぎたゆえに、あなたを見出すのも遅すぎた。
あなたから離れたところであなたを探し、そばにおられたことを知らず、被造物の中にあなたを広く探し求めていたが、見よ、あなたは我が内におられた。
アウグスティヌス
「神の国は、あなたがたのただ中にあるのです」
ルカの福音書17章21節
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