2019年9月22日(日)の手紙

2019年9月22日(日)


『すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちをび、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。』エペソ人への手紙1章4節


主なる神がほめたたえられますように。

人々が私たちに与える辱めと侮辱も私たちの神を葬り去ることはできません。
主は「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われました。

ある人は使い古された家具のように隣人によって捨てられます。
確かなことは、隣人に対して何らかの益を与えているかぎり、隣人から見捨てられることはないということです。

しかし、与えるものが何もなくなれば、どんな人もナポレオンに率いられて戦場に赴く一兵士のような存在になってしまいます。
その行進から脱落すると、たちまち命を失います。
そして、何千もの兵士が頭上を踏み越えて行くか、もし彼らに少しでもあわれみの心があれば、避けてその傍らを進んで行くか、そのどちらかです。
立ち止まって助ける人はだれもいなくなるのです。

しかし、主は「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われました。

人は高齢になれば、主に対して具体的なご奉仕ができなくなります。
病気が重くなれば家族の重荷となります。
そして、さらに力が弱まれば自分の手を唇に運ぶことさえできなくなります。

しかし、それでも私たちに対する主なる神の永遠の愛が減少することはありません。
そして、私たちの魂に対する神の愛が少しも弱まることはないのです。

「神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです」と告げられているからです。

あなたの境遇がどんなにみすぼらしくなっても、あなたは常に神の愛によって守られていることに気づくはずです。
あなたの力がどんなに弱くなっても、神の力はとこしえの御腕の中に示され、あなたは支えられます。
それによってあなたがひどい不運に陥ることはありません。

知人が多すぎて名前を思い出すことも、口することもできなくなった、という理由から人々が私たちから離れて行くことがあるかもしれません。
しかし、主は「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたではないですか。

去る者はそのままにしておきなさい。
主なる神が私たちの右に立っていてくださるのであれば、たとえ友人が去って行くことがあっても、悲しむ必要はありません。

というのは、私たちが喜んで仕えている三位一体の神こそ、真の友人となってくださるからです。

God Bless You!!


a:85 t:1 y:0