2019年11月24日(日)の手紙

2019年11月24日(日)


『見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます。』ヤコブの手紙5章11節


たとえ天国への途上を歩んでいるとしても、その歩む道が進みやすく、あるいは海上の航路がスムーズであるという保証はどこにもありません。

私たちが温室の中の花のように育てられ、厳寒の空気から守られ、灼熱の太陽の熱から遮られるという保証もどこにもないのです。

知恵の声が「忍耐しなさい、忍耐しなさい、忍耐しなさい。
なぜなら、あなたは試練に備えるために、この三拍子を必要としているからです」とささやきます。

私たちは何度も何度も忍耐深くあるようにと厳しく忠告される必要があるのです。
それは到達すべき目標があまりに高いからです。

羊毛が刈り取られる間、それらは私たち人間が暖を取り、快適に過ごすためのものであるにもかかわらず、ただ沈黙してなされるままにしている羊のように、静かに横たわっているのは、決して容易なことではありません。

苦痛を与える鞭に打たれてもただ沈黙し、耐えているキリスト者は普通の人ではないように思われます。
私たちは突き棒による痛みを初めて感じる雄牛のように、すぐさまそれを蹴飛ばしてしまいます。
私たちはいつまで経っても軛に慣れることのできない雄の子牛のような者なのです。

「忍耐しなさい、忍耐しなさい、忍耐しなさい」

このことばは、私たちの心に何度もくり返されなければならない教訓です。
私たちに忍耐を求めておられるのは聖霊なる神です。
私たちがこの方を怒らせることがあっても、この方は常に忍耐深い方です。

そして、私たちに命令している方は辛抱強い父なる神です。
ですから、「忍耐しなさい」。

間もなく天国に行くことになっているあなたは、なおしばらくの間はこの地上で忍耐しなければなりません。
そうすれば、いずれ豊かな報酬が必ず与えられるのです。

私たちは試練の中にあっても十分に忍耐深くできる可能性があります。
試練を与える方は神だからです。

神はあらゆる状況の中で私たちを支配しておられます。
そして、神は試練を通して私たちを祝福しておられるのです。

忍耐して待ちなさい。

神はやがて試練を終わらせてくださいます。
そして、私たちを救ってくださると約束しておられるのです。
ですから、魂の父に喜んで自らをゆだねてください。
これが私たちの心からの願いであるはずです。

日々「御国が来ますように」と祈ろうではありませんか。
私たちを祝福してくださる方と争うつもりですか。
悩みの終わる時が近づいているのに、まだ心を悩ませているのですか。

そうであってはなりません!

主があわれみ深い方であることはよくわかっているはずです。
ですから、私たちは忍耐深くできるのです。

God Bless You!!


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