2019年10月25日(金)の手紙

2019年10月25日(金)


『あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けでくださるのです。』テモテへの手紙第二4章8節


我らの主は、私たちがどう生きるべきかとともに、どう死ぬべきかについても教えてくださいました。

それゆえ主は、「わたしが行うようにと、あなたが与えてくださったわざを成し遂げて、わたしは地上であなたの栄光を現しました」と言われました。

羊飼いの杖、大工のかんなを永久に捨て、あるいは元帳や教科書をも片付けて「私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。

その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。
私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです」と喜び、叫ぶことのできる信徒は多くの祝福を与えられます。

ある人が清教徒で善良な老人に、近況はどうですかと尋ねたところ、彼は「できるだけ早く天国に行きたいのです。
神は私のためにすでに住まいを用意してくださるからです」と答えたとのことです。

老いた聖徒よ、あなたは天国に近づいています。
しかし、信仰によって死は敵から友へと変えられます。
なぜなら、死が栄光をもたらしてくれるからです。

あなたは間もなく父の家に住むことになります。
私をこの地上に残して去って行くでしょう。
しかし、それは確かではありません。

「もう一人の弟子がペテロよりも速かったので、先に墓に着いた」ことを私は思い出します。
私もそうなるかもしれません。

何年もの間あなたは何事においても私より先んじていました。
しかし、私のほうが先に栄光ある天国に召されるかもしれません。

私は死を喜んで迎えたいと願っています。
私たちは死を恐れる必要はなくなったからです。
私たちを愛し、ご自分の命を与えてくださった主イエスは復活であり、命です。

なぜ天国に行くことを望んではならないのですか。
とどまりたいと望むこの地上とはいったい何なのですか。
天国に生まれ、そして、天国に住むにふさわしくされた私たちを引き留めているこの貧しく惨めな地上にはいったいどんな魅力があるのですか。

さあ、天国に向かって出かけようではありませんか。
私たちにとってかけがえのない方である主は、この地上にはもうおられません。

この上ない高貴さによって私たちの愛を惹きつけたその方は、もうここにはおられないのです。
ぐずぐずしている場合ではありません。
主はよみがえられたのです。

さあ、用意を整え、天国を目指して出かけようではありませんか。

God Bless You!!


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