2019年1月7日(月)の手紙

2019年1月7日(月)


『父ヤコブは言った。「おまえたちは、すでに私に子を失わせた。ヨセフはいなくなり、シメオンもいなくなった。そして今、ベニヤミンまで取ろうとしている。こんなことがみな、私に降りかかってきたのだ。』創世記42章36節


肉体の痛みに苦しめられるとき、どんな人も慰めを与えてくれる存在を必要とします。

ある種の痛みは我慢することができるかもしれません。
しかし、激しい歯の痛みは私たちの骨髄にまで沁み込み、恐ろしいほどに知性と精神の中心にまで押し入ってくることがあります。

たしかに、そのような痛みに対しては特別に温かな思いやりが必要です。
頭がずきずきするとき、胸に激しい動悸を覚えるとき、あるいは体調を崩したとき、ヤコブのように、「こんなことがみな、私に降りかかってきたのだ」と嘆くことは、ごく自然のことです。

私たちは神の摂理について、不平や不満を言います。
しかし、そのようなときには、「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る」との御言葉を思い起こしてください。

さらに激しい痛みが増すようなときや、恐ろしいメスを持った外科医を待つ間も、あるいは、たとえ、肉体を震えさせるほどの苦痛に耐えることができる場合であっても、私たちは神による絶えざる励ましとあわれみを必要とするのです。

そのとき「恐れるな。わたしはあなたとともにいる」と、神の約束の歌声が、ナイチンゲールが歌うかのように静かな夜に響き渡り、妙なる調べのように私たちの耳に聞こえてくることでしょう。

God Bless You!!


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