2018年4月7日(土)の手紙

2018年4月7日(土)


『恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエスを捜しているのを、私は知っています。ここにはおられません。 …よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。』マタイによる福音書28章6節~6節


ふたのない暗い墓穴。
大きく開いた死の喉。
しかし、それはなんとぶざまな喉でしょうか。

しっかりと口を閉ざして、大切な獲物… 生ける神の御子… をすばやく捕らえたのに、墓はそれを長く封じ込めることはできませんでした。
暗闇に閉じ込められた主が、今や最初のイースターの朝の光の中に立っておられます。

これはイスラエルに伝わる物語を思い出させます。

トビヤという若者のことです。
御使いに導かれて、彼は危険な旅の途中にいました。
ティグリス川のほとりに出た時、トビヤはサンダルを脱ぎ捨てて、足を水にひたします。
と、突然、大きな肉食魚が現れて、彼をうのみにしようとしました。

若者は驚いて叫びます。
「おお主よ。魚が私をのみ込もうとします」。
すると御使いが「それを捕らえて引き上げよ」と命じ、トビヤはそのとおりにしました。

「魚は彼の足もとでもがいた」。
さすがの怪魚も、大口を開けてあえいだことでしょう。
獲物には逃げられ、逆に自分がえじきにされるのです。

この死の喉も同じです。
イエスはよみがえられました。
獲物は死を逃れたのです。
そして墓穴のほうこそが、いのちの君のえじきとされました。
なんという知らせでしょうか。

死は確かに時々、私たちを脅かします。
すると私たちは、「死が私をのみ込もうとしている」と恐れて叫びます。
けれども、そのときにこそ、私たちは復活のイエスを見て、「死は勝利にのまれた」と信じることができるのです。

主よ。
「わたしが生きるので、あなたがたも生きる」とのみことばを感謝いたします。アーメン

God Bless You!!


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