2018年4月6日(金)の手紙

2018年4月6日(金)


『週の初めの日の明け方早く、女たよりは準備しておいた香料を持って墓に着いた。見ると、石が墓からわきにころがしてあった。』ルカによる福音書24章1節~2節


いったいあの高価な香油はどうなったのでしょうか。
もう一度考えてみましょう。

女性たちは御使いが、「イエスはここにはおられません。よみがえられたのです」と言うのを聞きました。
そこで町に引き返して、喜ばしい知らせを伝えたのです。
が、香油のつぼはいったいどこへ行ったのでしょうか。

いつか私は青年たちに、それを尋ねました。
すると、ひとりが「庭番が持って行ったのでしょう。
それで一生、整髪料を買わずに済んだでしょう」と答え、大笑いになりました。

それから私たちはこの庭番、神の大いなるみわざであるイエスの復活に心動かされることなく、わずかな利益だけに心踊らせたであろう男のことを考えてみました。

そして自分たちに言い聞かせました。
私たちも同じような人間で、神の救いのみわざには冷淡そのものであり、儲け話にはすぐに飛びつく者たちです。

さてこれらのことは聖書に何も書かれていません。
香油がどうなったのかは相変わらずの謎です。

聖書はそれに答えません。
香油のことなどは問題でないからです。
聖書が言おうとするのは、イエスは私たちの香油を必要とされないということです。
むしろ主こそが、私たちに香油を塗り、私たちをきよくなさるのです。

この点については、聖書独自の比喩に注目する必要があります。
高価な香油は神の聖霊を示します。
この聖霊は私たちに贖いを確信させ、神に従う新しい生涯を歩ませてくださいます。

聖霊の油そそぎによって、イエスは私たちを聖くしてくださいます。

主よ。
「(神は)私たちを… キリストのうちに堅く保ち、 …御霊を私たちの心に与えてくださいました」とのみことばとおりを、この身に行ってください。アーメン

God Bless You!!


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