2018年12月4日(火)の手紙

2018年12月4日(火)


『(シメオンは)イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。』ルカによる福音書2章25節~26節


エルサレムの町を歩く老人シメオンは、身をもつて「神の約束を忘れるな」という警告になりました。

私はシメオンとのこんな会話を想像します。
「あなたはまるで神の時刻表を知っているかのように、確信をもって救い主の来臨を待っておられるのですね」。

シメオンが答えます。
「ええ、そうですとも」。

私は重ねて尋ねます。
「救い主が必ず来られるのだと、いったいどうしてそんなに確信できるのですか」。

シメオン。
「聖書によってです。
聖書は神の約束に満ちています。
そして神がうそをおっしゃるはずがないからです」。

私。
「それはそうです。
しかしあなたよりも前に、多くの人たちがイスラエルの慰められることを待ち望みつつ、死んで行ったのです。
あなたが主のおいでを経験できると、どうして言いきれるのですか」。

シメオンは勝ち誇って言いました。
「救い主を見るまでは決して死なないと聖霊が言われたからです」。

私。
「なるほどわかりました。
聖書を通して、あなたは救い主のおいでを知りました。
そして聖霊によって、あなたは主があなたのところへ来られると知ったのですね」。

「そのとおりです」とシメオンは答えました。

二千年昔にさかのぼって、私は多くのことを学びました。
私たちは聖書を通して、私たちの救いのための、神の大いなるみわざを知るのです。
聖霊はそれを個人的な救いとして私たちに理解させ、信仰によって私たちにそれを握らせてくださるのです。

こうして神のことばと聖霊は一体となって働きます。
聖霊によらずに聖書を読むならば、それは死んだ書物にすぎないでしょう。
また聖書なしに聖霊に頼ろうとすれば、それは狂信に陥らせるでしょう。

主よ。
聖書と聖霊とを、ともに私たちに対して働かせてください。アーメン

God Bless You!!


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